Research Statement 2020
伊藤孝行

【背景と目的】 私の研究の目的は「マルチエージェントシステムのアイデアや技術によって,人類のコレクティブインテリジェンスを進化させ,新しい社会システムを実現すること」である.ソーシャルネットワークやスマートフォンの爆発的な普及によって,日常的な人間同士のインタラクションの質に本質的な変化が現れている.我々が日常的に使っている古典的な社会システムは,ソーシャルネットワークやスマートフォンのない時代のインタラクションに基づいた仕組みである.集合的知性としての昆虫や魚の群れは,そのインタラクションの方法を含んだ全体的なシステムとして優位に進化した結果と言われている.人間の集合的知性を促進させるため,人間の群れにも新しい社会システムによる新しいインタラクションの方法が必要である.新しい社会システムを実現し人間の集合的知性を情報技術によって促進するための方法論や概念を提供するのがマルチエージェントシステムである.マルチエージェントシステムは,主に社会の知性の本質を探りながら,新しい社会システムの可能性を探るため,分散人工知能を中心として,シミュレーション,ロボティクス,ゲーム理論といった学際的な研究が展開されている.一方で,近年,クラウド(大衆)コンピューティグと呼ばれるWikipediaやLinuxのプロジェクトのように,個々にボランティアかつオープンな活動が,全体としては非常に質の高い成果を生みだしている.まさに,インターネットによる人間の新しい社会的かつ集合的活動が生活の一部になっている.さらに,これらの変化によって,数理的に議論されたメカニズムを実世界で動かすことが可能になった.具体例としては,Google AdWordsで採用されているようなオークションのメカニズムがある.メカニズムデザインの知見を活かしながら,世界中で使っていない人はいないくらいの仕組みとなっている.すなわち,マルチエージェントシステムにおいて中心的に議論されてきた,合理的エージェントをうまくコントロールしたり,コーディネートしたりする方法や技術を,世界中の人間を相手に実際に実現可能になってきたのである.まさに人間の集合的知性を促進する技術である.

以上の背景から,マルチエージェントシステムの理論,モデル,シミュレーション,および社会実装について研究を行っており,特に,合意形成支援,計算論的メカニズムデザイン,自動交渉エージェントおよび社会シミュレーションについて先端的に研究を行っている.

これまでの研究の内容と成果は,以下の4つに大別される.

【研究項目1:理論】計算論的メカニズムデザインやオークション理論の追求.
【研究項目2:モデル】自動交渉エージェントモデルとその国際競技会ANAC.
【研究項目3:シミュレーション】大規模マルチエージェントによる社会シミュレーション.
【研究項目4:社会実装】エージェント技術による大規模合意形成支援システムの社会実装と事業化.

理論,モデル,シミュレーション,および社会実装という視点から分類しているが,それぞれ深く関連している.応募者はマルチエージェントの計算論的メカニズムデザインや自動交渉機構の国際コミュニティをリードする先導的研究者として国際的に認識され,日本学術振興会賞,文部科学大臣表彰科学技術賞,文部科学大臣表彰若手科学者賞,人工知能学会業績賞,情報処理学会長尾真記念特別賞を受賞した.他にもソフトウェア科学会論文賞,情報処理学会全国大会奨励賞・優秀賞などを受賞している.以下に各研究項目について詳述する.

【研究項目1:理論】計算論的メカニズムデザインやオークション理論の追求 計算論的メカニズムデザインの分野は,情報社会システムの根幹的なメカニズムについて理論的に研究する。本分野は,情報学の観点から経済学,特にミクロ経済学,ゲーム理論,メカニズムデザインといった分野を研究することを目的とした新しい分野である.伝統的な経済学では,解概念や均衡概念は多くあるものの,その計算アルゴリズムに基づく解析が欠けていた.また,近年の インターネットや情報財に基づく商取引は,新たな経済学的解析が必要になっている.計算論的メカニズムデザインは,プライベート情報や選好を持つ複数の主体間の望ましい相互作用の解析という観点(数理経済学やゲーム理論の観点)と,分散された情報システムによる計算効率性とアルゴリズムの解析という観点(情報科学やマルチエージェントシステムの観点)によって,全く新しい社会的システムとメカニズムを実現する研究分野である.ここでは各主体(エージェント)にとって真実の申告が最良になるメカニズムの設計が主な課題である.すなわち,不正ができない(しにくい)メカニズムを設計することで,超広域ネットワーク上で頑健かつ安定的に運用することを目標とする.応用としては第2価格オークションに基づくGoogle電子広告メカニズム,米国連邦航空局の空港離発着計画メカニズムなどがある.特に以下の相互依存価値に基づくオークションメカニズムおよび専門家と素人が存在する場合のオークションメカニズムについて詳述する。

【 相互依存価値に基づくオークションメカニズム】エージェントが相互依存価値を持つ場合のオークションメカニズムに注目している.相互依存価値の仮定の元では,ある財に対するあるエージェントの価値が他のエージェントのプライベートな価値(シグナル)に依存することを言う.例えば,高級なワインのオークションを考える.ある入札者は,同じようなワインを 試飲したことがあったり,他の人からの評価を聞いていたりする.このような状況下で Efficientなオークションを具体的に構築し,利益を最大化する方式を提案している.本研究では,エージェントの価値モデルとして線形モデルを用い,Dasgupta and Maskinのモデルを応用し,その上で,留保価格に基づく価格の最大化アルゴリズムを提案している.本テーマは,米国ハーバード大学との共同研究であり,国際的に最も質の高い会議の一つである自律エージェントとマルチエージェントに関する国際合同会議 AAMAS2006に採録され,最優秀論文賞を受賞し [1],論文雑誌に掲載される[3,4] など,高い評価を得ている.一般化した内容がAAMAS2007やIJCAI2013に採択されている[2,5].

1. Takayuki Ito, David Parkes, “ Instantiating the Contingent Bids Model of Truthful Interdependent Value Auctions”, In the Proc. of the Fifth International Joint Conference on Autonomous Agents and Multi-Agent Systems (AAMAS2006), 2006.(最優秀論文賞受賞(Best Paper Award))
2. Florin Constantin, David Parkes, Takayuki Ito, “ Online auctions for bidders with interdependent values”, In the Proceedings of the Sixth International Joint Conference on Autonomous Agents and Multi-Agent Systems (AAMAS2007), 2007.
3. 伊藤孝行,David C. Parkes,”相互依存価値モデルに基づく不確定入札を用いた真実申告最良な組合せオークションの実現”,電子情報通信学会論文誌D-I, 電子情報通信学会, 2007
4. 伊藤孝行,David C. Parkes,”不確定入札に基づく真実申告最良な相互依存価値オークション”,電子情報通信学会論文誌D-I, 電子情報通信学会, 2007
5. Valentin Robu, David Parkes, Takayuki Ito, Nick Jennings, “Efficient Interdependent Value Combinatorial Auctions with Single-Minded Bidders”, In the Proc. of IJCAI 2013, Beijing, China, on August 3-9, 2013.

【専門家と素人が存在する場合のオークションメカニズム】インターネット上のオークションでは,不特定多数の人間が商品(財)を販売しており,商品の質を正確に見極めるのは困難である.例えば,骨董品が売られて いたとしても,その骨董品が本物であるか偽物であるかを見極めることは難しい.もし買い手が,偽物の骨董品を高い値段で購入してしまった場合,買い手はこのオークションによって損害を被る.一方,損害を被ることを避けようとして,消極的な入札を行うと,本来ならば,落札できていた骨董品が得られなくなる可能性が生じる.これは,オークションプロトコルが,財の効率的な配分に失敗していることを意味する.そこで,我々はまず専門家に自然の選択に関する情報を正しく申告させることによって,パレート効率的な配分を実現し,合理的な参加者が損害を被らない (1)単一財のオークションおよび(2)単一財に興味を持つ専門家が存在する場合の複数財組み合わせオークションの設計に成功した.(1)と (2)の内容は国際的に最も質の高い会議の一つである難関国際会議AAMAS2002[10]及びAAMAS2003[8]に 採録されている.また(1)の内容は日本ソフトウェア科学会の論文賞を受賞している[9].この内容を一般化した論文がAAMAS2004[7],AAAI2005[6]に採録されている.

6. Takayuki Ito, Makoto Yokoo, Shigeo Matsubara, and Atsushi Iwasaki "A New Strategyproof Greedy-Allocation Combinatorial Auction Protocol and its Extension to Open Ascending Auction Protocol" In the Proc. of the Twentieth National Conference on Artificial Intelligence (AAAI2005), pp.261-266, 2005.
7. Takayuki Ito, Makoto Yokoo, and Shigeo Matsubara, "A Combinatorial Auction among Versatile Experts and Amateurs" In the Proceedings of the Third International Joint Conference on Autonomous Agents and Multi-Agent Systems (AAMAS2004), 2004.
8. Takayuki Ito, Makoto Yokoo, and Shigeo Matsubara, "Towards a Combinatorial Auction Protocol among Experts and Amateurs: The Case of Single-Skilled Experts," In the Proceedings of the Second International Joint Conference on Autonomous Agents and Multi-Agent Systems (AAMAS2003), pp.481-488, 2003.
9. (主要研究論文2)伊藤孝行, 横尾真, 松原繁夫 "自然の選択の情報に非対称性が存在する場合のオークションプロトコルの設計", コンピュータソフトウェア,日本ソフトウェア科学会,Vol.20,No.1,pp.16-26, 2003.(論文賞)
10. Takayuki Ito, Makoto Yokoo, and Shigeo Matsubara, "Designing an Auction Protocol under Asymmetric Information on Nature's Selection," In the Proceedings of the International Joint Conference on Autonomous Agents and Multi-Agent Systems (AAMAS2002), Bologna, Italy, July 15-19, pp.61-68, 2002.

【研究項目2:モデル】自動交渉エージェントモデルとその国際競技会. 実世界の交渉で合意に達するためは複数の互いに依存する問題に関して合意を得る必要がある.既存の交渉メカニズムの研究の多くは,単一の問題に関するもの が多い.本研究では,より一般的な上のような,複数の相互に依存する問題に関して合意を得るモデルを考える.複数の相互に依存する問題に対するエージェン トの効用は多属性効用として表すことができる.ここでは,各属性を各問題に対する効用とする.多属性効用に基づく交渉メカニズムの研究では,一般に多属性 効用を線形かそれに近い形の式にマッピングすることによって,実際は非常に単純な効用関数を扱っている.しかし,実世界では,複数の相互に依存する問題に 対する多属性効用がシンプルな線形関数として表すことができるとは考えにくい.我々は,多属性効用を非線形な関数として与えた上で,より望ましい合意を得るためのエージェント間の交渉手法を提案している[11,12,14,15,19,20].さらに近年は、論理的なargumentation理論への拡張も試みている[18].本内容は,国際的に質の高い国際合同会議AAMAS2006,AAAI2006,IJCAI2007[11], IJCAI2009[12]に採録されているなど,高い評価を得ている.国際的な研究コミュニティを構築するために,国際ワークショップACANを12年連続で開催し,かつ,国際交渉エージェント競技会(ANAC)[13,16,17]を運営し,国際プログラミング競技会を運営している.オランダのデルフト工科大学とイスラエルのバーレン大学と共同で世界標準となるような共通シミュレータを作成し,そのシミュレータをベースに競技会を行っている.第1回大会では,候補者のチームが優勝をしている.

11. (主要研究論文3)Takayuki Ito, Mark Klein, Hiromitsu Hattori, "Multi-issue Negotiation Protocol for Agents: Exploring Nonlinear Utility Spaces", In the Twentieth International Joint Conference on Artificial Intelligence (IJCAI2007), Hyderabad, India, January 6-12, 2007.
12. Ivan Marsa-Maestre, Takayuki Ito, Katsuhide Fujita, Miguel A. Lopez-Carmona, Juan R. Velasco, Mark Klein,"Balancing Utility and Deal Probability for Negotiations in Highly Nonlinear Utility Spaces", In the Proceedings of the Twenty-First International Joint Conference on Artificial Intelligence (IJCAI2009) , July 11 - 17 in Pasadena, California, pp.214-219, 2009.
13. (主要研究論文4)Tim Baarslag, Katsuhide Fujita, Enrico Gerding, Koen Hindriks, Takayuki Ito, Nick R. Jennings, Catholijn Jonker, Sarit Kraus, Raz Lin, Valentin Robu, Colin Williams, Evaluating Practical Negotiating Agents: Results and Analysis of the 2011 International Competition, Artificial Intelligence Journal (AIJ), Elsevier Science, Vol. 198, May 2013, pp. 73–103, 2013. (IF=2.511)
14. Ivan Marsá-Maestre, Miguel A. López-Carmona, Mark Klein, Takayuki Ito, Katsuhide Fujita: Addressing Utility Space Complexity in Negotiations involving Highly Uncorrelated, Constraint-Based Utility Spaces. Computational Intelligence 30(1): 1-29 (2014).
15. Rafik Hadfi and Takayuki Ito. ``Low-Complexity Exploration in Utility Hypergraphs''. Journal of Information Processing. Vol. 23, No. 2 pp. 176-184, 2015.
16. Catholijn M. Jonker, Reyhan Aydogan, Tim Baarslag, Katsuhide Fujita, Takayuki Ito and Koen Hindriks, Automated Negotiating Agents Competition (ANAC), Proceedings of the Thirty-First AAAI Conference on Artificial Intelligence (AAAI-17), pp. 5070-5072, AAAI Press, 2017.
17. 奥原俊, 濱田 大槻, 伊藤 孝行, Ahmed Moustafa, 過去交渉情報を元にK-近傍法を用いた自動交渉エージェントの試作, 情報処理学会論文誌, pp.1662 - 1671, Vol.60, No.10 2019.
18. Ryuta Arisaka and Takayuki Ito, Semantics of Opinion Transitions in Multi-Agent Forum Argumentation, 2019 The 16th Pacific International Conference on Artificial Intelligence (PRICAI 2019), August 26-30, 2019, Yanuca Island, Fiji. (最優秀論文賞受賞(Best Paper Award))
19. Shun Okuhara and Takayuki Ito, “Compromising Strategies for Agents in Multiple Interdependent Issues Negotiation”, IEICE Transactions on Information and Systems,2020
20. Shun Okuhara, Takayuki Ito, A Negotiation Strategy based on Compromising Degree, 20th IEEE/ACIS International Conference on Software Engineering, Artificial Intelligence, Networking and Parallel/Distributed Computing (SNPD 2019), July 8-10, 2019 (最優秀論文賞受賞(Best Paper Award)).

【研究項目3:社会シミュレーション】大規模マルチエージェントによる社会シミュレーション マルチエージェントシミュレーションは古典的な物理シミュレーションと異なり,個々のエージェントの行動ルールを個別に記述できるため,様々な行動の特徴をもつ人間が存在する社会をシミュレートすることができる.マルチエージェントによる社会シミュレーションにより,現実には実現できないような社会システムや制度をシミュレータ上で実現し,その検証を行うことなどが可能である. 私は,マルチエージェントの社会シミュレーションとして,(3−1)RoboCup Resuceにおけるレスキューエージェントチームの実装を行っている.(3−2)内閣府最先端次世代研究開発支援プログラムでは社会シミュレーションとして環境という評価軸を新たに取り入れたシミュレータやシミュレーションの方法論を開発した.特に,交通シミュレーションや電力網シミュレーションに注力した.(3−3)さらに,交通シミュレーションについては,NICT「ソーシャル・ビッグデータ利活用・基盤技術」の研究開発において大規模マルチエージェントを用いた多階層社会シミュレータを実現している. (3−1)南カリフォルニア大学のMilind Tambe博士(現ハーバード大学教授)の指導のもとで若手の客員研究員として,RoboCup Rescueのエージェントを世界で初めて実装した.RoboCup Rescueシミュレータを実装しているグループと協力をしながら,Tambe博士のグループでの実装を行った.ここでは,シミュレータ上で被災者をレスキューするために,消防車,警察,救急車で,時々刻々と発生するタスクを効率的に分散割り当てするためにオークションのメカニズムを用いた方法を開発し,RoboCup WorldCupでは3位、RoboFestaでは2位に入賞している[21,22]. (3−2)内閣府最先端次世代研究開発支援プログラムでは,環境という評価軸に基づく交通シミュレーションや電力網シミュレーションについて研究開発を行った.その成果としてこれまで難しった交通龍予測モデルの一つである統計的セルトランスミッションモデルに,具体的な分岐のモデルを与える新しい方法を提案し,より精度の高いシミュレーションを実現した[26,27].さらに,電力量のシミュレーションのモデルとしてメカニズムデザイン理論 などを取り入れた方式を提案している[23,24,25]. (3−3)NICT「ソーシャル・ビッグデータ利活用・基盤技術」の研究開発では,大規模な社会シミュレーションシステムの中でも大規模な交通シミュレーションに注力し,行動ルールを持った大規模な数のエージェント(車や人々)を同時に処理しながらシミュレーションを実行するシステムを実現した.さらに,これらの社会シミュレーションと天候シミュレーションを同時に実現する方法として多階層社会シミュレータを試作した[28].

21. Ranjit Nair, Takayuki Ito, Milind tambe, and Stacy Marsella, Rescue-ISI-JAIST, Rescue Simulation League, Robocup WorldCup 2001 Seattle, 2001 (第3位)
22. Takayuki Ito, Ranjit Nair, Milind Tambe, and Stacy Marsella, Rescue-JAIST-ISI, RoboCup Rescue Simulation League, RoboFesta 2001 International Robotic Games Festival, 2001 (銀メダル(準優勝))
23. Shantanu Chakraborty, Takayuki Ito,Tomonobu Senjyu, AY Saber, Intelligent Economic Operation of Smart-grid Facilitating Fuzzy Advanced Quantum Evolutionary Method. IEEE Transactions on Sustainable Energy (IF=7.65), Volume 4, issue 4, p. 905-916, October 2013.
24. Shantanu Chakraborty, Takayuki Ito, Tomonobu Senjyu, "Fuzzy Logic Based Thermal Generation Scheduling Strategy with Solar-Battery System Using Advanced Quantum Evolutionary Method," IET-Generation, Transmission and Distribution, Volume 8, No.3, pages 410-420, March 2014 (IF=1.41).
26. (主要研究論文6)Rafik Hadfi, Sho Tokuda, and Takayuki Ito. " Traffic Simulation in Urban Networks using Stochastic Cell Transmission Model". Computational Intelligence. (IF=0.776)12 December 2016.
27. 徳田渉,金森亮,伊藤孝行,”一般道路ネットワークへの適用に向けたStochastic Cell Transmission Modelの改良”,ITSシンポジウム2014,(ITSシンポジウム2014最優秀論文賞)
28. Takayuki Ito, Takanobu Otsuka, Teruyoshi Imaeda, and Rafik Hadfi, An Implementation of Large-scale Holonic Multi-agent Society Simulator and Agent Behavior Model, The 15th Pacific Rim International Conference on Artificial Intelligence (PRICAI2018), August 27-31, 2018, Nanjing, China.

【研究項目4:社会実装】エージェント技術による大規模合意形成支援システムの社会実装と事業化.本研究では,インターネット上で群衆の合意を形成するシステムを実現する.TwitterやFacebookなどのSNSによって,インターネットで何万人,何百万人という人たちの意見を収集できるようになってきた.これらの意見をうまくまとめて,何百万人という人たちの合意を形成できる可能性がある.大規模な合意を形成できれば,これまでには不可能だった,大規模な人数による意思決定が可能になる.しかし,規模が非常に大きいことから,人間の手で行うのは困難である.そこで本研究では,エージェントという人工知能プログラムを用い,大規模な数の人たちの意見を効率的に収集し合意形成を支援するシステムを実現し,社会実験で検証し,事業化まで行っている. 国際会議IJCAI97でマルチエージェントの交渉に基づくグループ意思決定支援システムについて発表している[29].人間の代理としてエージェント交渉し,集団の代替案選択について支援を行うシステムの試作とその評価である.ここでは、人間の好みをAHP(Analytic Hierarchy Process)によって表現した上で、判断の曖昧さを利用して、好みの変更の可能性を計算した上で説得を試みるアルゴリズムを提案した。 29. (主要研究論文7)Takayuki Ito and Toramatsu Shintani.: ``Persuasion among Agents : An Approach to Implementing a Group Decision Support System Based on Multi-Agent Negotiation'', In the Proc. of the 15th International Joint Conference on Artificial Intelligence (IJCAI-97), pp.592-597, 1997.  2009年頃にはJSTのさきがけにおいて交渉の仕組みを合意形成に応用し,人間の合意形成を支援する方法についてアイデアを提案しシステムの試作を行なった.ここでは,まず人間の効用モデルありきの方式を提案し,課題のドメインを限定し,合意形成のテーマ自体を効用モデルに合わせて設計することで,自動的な合意形成を可能とした.しかし問題は,合意形成のテーマがドメインごとのテーラーメードになり,実世界の社会応用ができない状況だった.2010年から合意形成支援というテーマに共感した都市計画や建築デザインを専門とする研究者との実践的な視点からの共同研究を開始した.そこでは地方行政の実際の現場で使える合意形成支援システムCollagreeを実際に作成し,本物のユーザがシステムを活用して意見集約を行った[30,31,32,33,34,35].特に名古屋市の時期総合計画に関する市民からの意見集約は評判が良く,その後も同市等で本システムを用いた意見集約が行われている.

30. Takayuki Ito, Yuma Imi, Takanori Ito, and Eizo Hideshima, “COLLAGREE: A Faciliator-mediated Large-scale Consensus Support System”, ACM Collective Intelligence 2014. MIT Cambridge, USA. (ポスター)
31. 伊藤孝行,奥村命,伊藤孝紀,秀島栄三,"多人数ワークショップのための意見集約支援システムCollagree の試作と評価実験~議論プロセスの弱い構造化による意見集約支援~",日本経営工学会論文誌,Vol.66,No.2,2015
32. 伊美裕麻,伊藤孝行,伊藤孝紀,秀島栄三,"オンラインファシリテーション支援機構に基づく大規模意見集約システムCOLLAGREE-名古屋市次期総合計画のための市民議論に向けた社会実装",情報処理学会論文誌, 2015
33. (主要研究論文8)伊藤 孝行, 藤田 桂英, 松尾 徳朗, 福田 直樹, エージェント技術に基づく大規模合意形成支援システムの創成-自動ファシリテーションエージェントの実現に向けて-,人工知能学会誌 Vol. 32 No. 5,2017.
34. Takayuki Ito, et al., Experimental Results on Large-scale Cyber-Physical Hybrid Discussion Support, International Journal of Crowd Science, Emerald Publishing, ISSN2398-7294,Vol.1,Issue:1,pp.26-38, 2017
35. (主要研究論文9)Satoshi Kawase, Takayuki Ito, et al.,"Cyber-physical hybrid environment using a largescale discussion system enhances audiences’ participation and satisfaction in the panel discussion", The IEICE Trans. on Information and Systems, Vol. E101.D Issue 4,pp. 847-855 2018

本研究は,2015年からJST CRESTとして,特にファシリテータエージェントによるソーシャルメディア上の大規模議論支援について現在も研究を続けている.ファシリテータエージェントは,ファシリテーション技法の一つであるIBISにヒントを得た問題解決の構造化手法を用いて,議論の中にある問題解決の構造を抽出しながら,ファシリテート,すなわち,大規模かつ高速に問題解決の構造を抽出することによって創造的合意を導く.ファシリテータエージェントプログラムは,テキスト文書による議論の中から構造を把握するために,深層学習を高度に最適化した手法を用いて問題解決の構造の抽出する.本システムは,2018年に名古屋市の時期総合計画の中間案に対する市民からの意見収集に実際に応用され,実際の市民による議論をエージェント技術によってファシリテートした世界で初めての試みとなっている[36,37,38].さらにアフガニスタンのカブール市との共同研究にも発展している.

36. Takayuki Ito, et al., D-Agree: An Agent-facilitated Crowd-scale Discussion Support System, IJCAI 2019.(Best Video Award) https://www.youtube.com/watch?v=F1lECXasOhw&feature=youtu.be
37. (主要研究論文10)Takayuki Ito, Daichi Shibata, Shota Suzuki, Naoko Yamaguchi, Tomohiro Nishida, Kentaro Hiraishi,and Kai Yoshino, “Agent that Facilitates Crowd Discussion”, The 7th ACM Collective Intelligence 2019, Carnegie Mellon University, Pittsburgh, USA, June 13-14, 2019
38. 伊藤孝行,鈴木祥太,山口直子,西田智裕,平石健太郎,芳野魁,大規模合意形成支援システム~ICTによる議論の規模拡張~,システム制御情報学会誌「システム/制御/情報」,Vol. 63,No.10,p.440-446 2019.

【事業化】研究成果の発表の場として論文も重要であるが,社会および世の中に直接的に評価を受けることも重要と考え,起業及び事業化も鋭意すすめている.特に現在は,JST CRESTの成果を発展させ,株式会社AgreeBit(アグリービッド)を設立し,システムの実応用を行う活動を行っている.

【今後の展開】今後の発展として社会推論システムを提案したい.社会推論システムは分散専門家システムとも呼べる.オンラインでの議論支援において,議論の構造を共有し管理することが重要であることを述べた.今後はさらに,議論の構造だけでなく,議論する内容についてのシミュレーションを共有することも想定できる.例えば,交通問題であれば,車の専門家,交通渋滞の専門家,道路の専門家,人流の専門家,都市計画の専門家,などが,共同でシミュレータを作成する.ここで言うシミュレータは単なるシミュレーションではなく,システムのシミュレータと理由付けの議論が一体化した構造を持つものである.各専門家は,幾つかの仮説を基にしたシナリオを提供する.議論する内容は,社会についての,国際問題,環境問題,予算問題,交通問題など,プレイヤは国レベル,都市レベル,大学教授レベル,家庭内のレベル,様々なレベルで,様々な問題が考えられる.シミュレーションは,システムダイナミクスや定性モデリング・定性推論のようなモデリングに基づくダイナミックなシミュレーションを想定する.専門家が作成したシミュレーションとそのシナリオに対して一般の市民がさらに議論を加えたり,シミュレーションのモデルを修正することができる.これによって,社会問題に対する解決策であるシステム自体をシミュレートしたり仮説推論しながら,専門家と市民が一体となって,次世代の社会を議論し構築することができる.