本研究では、インターネット上で群衆の合意を形成するシステムを実現します。TwitterやFacebookなどのSNSによって、インターネットで何万人、何百万人という人たちの意見を収集できるようになってきています。これらの意見をうまくまとめて、何百万人という人たちの合意を形成できる可能性があります。大規模な合意を形成できれば、これまでには不可能だった、大規模な人数による意思決定が可能になります。しかし、規模が非常に大きいことから、人間の手で行うのは困難です。そこで本研究では、エージェントという人工知能プログラムを用いて、大規模な人数の人たちの意見を効率的に収集し、合意を形成するシステムを創成します。
本研究により、従来では不可能だった、極めて大規模な人数(例えば10000名以上)で、ネット上で議論し、効率的に合意を形成することが可能になります。これにより、時間と場所と労力によって、大規模な人数の議論を繰り返さなくても、効率的に合意を得る、もしくは、合意できる案をみんなで探すことができるようになります。この効果により、例えば、非生産的な意味のない会議を激減することができ、対面方式の会議では、本来的な生産的な議論にのみ集中することもできます。
合意形成しようとすると、どんな問題に遭遇したことがありますでしょうか?ああ言わなければうまく行ったかもしれないなあ、こうしておけばよかった、とか失敗した経験がありませんか?そんな失敗をしないために、飛行操縦を練習するためのフライトシミュレータと同じ考えで、様々な相手と交渉することを練習する自動交渉シミュレーションがあります。ただし、既存の自動交渉シミュレーションで得られる合意は妥協の産物になっています。自動交渉シミュレーションでは、前もって与えられた条件の中で、合意を探すことしかできないからです。フライトシミュレータでも、前もって与えられた地図や飛行機でしか操縦の練習はできません。
合意形成にはもっと創造的な視点が必要です。なぜなら、創造的な視点がないと、対立しているような状況では、いくら交渉や議論を続けても対立したままになり、より良い合意を探すことができないためです。議論をしていて合意できない場合、現在ある案だけについて、話し合っているだけではなく、議論を通して新しい案を創造することで、合意を創造する必要があります。そのためにはより多くの人からの意見を取り入れて議論して行く必要があります。例えば、まちづくりにおいて新しい発電所を建設する場所について議論をしているとき、住民は誰も自分の近所には巨大な施設である発電所を建設したくはないでしょう。議論は対立的になってしまいます。そこで、新しい案として「発電所を建設する代わりに近所の住民には無料で電気を提供する」というような元の議論にはなかった創造的な案が得られれば、合意に達成することも可能です。
また群衆のアイデアの集約や質問応答を支援するシステムとしては、Innocentive、Quolaなどがありますが、主にアイデアを生成する事に主眼が置かれ、意見や好みに基づく合意形成を支援することまでは対象としていません。例えば、旅行先を決めているときに、行きたい場所の候補だけたくさんあげても、合意には到達しません。たくさんのアイデアを生成する支援をする他に、そのアイデアに対する好みや意見に基づいて、アイデアを合意案として行くことが必要です。
群衆の討論を支援するシステムとしては、Deliberatoriumがあります。ただしこのシステムでは、群衆は規定の構造に基づいて討論を展開する必要があり、自由な自然言語による討論はできません。規定の構造に基づいて討論をする場合、全てのユーザがこの構造について深く理解している必要があります。既存の研究では、Deliberatoriumで適切に討論を展開するために、構造に基づいて討論を進めることを強制されます。例えば、自由記述であれば、参加者の発言を促すためのジョークなども発言することができますが、Deliberatoriumでは不可能です。
1990年代に、PERSUADERやJUDGEといった人工知能の事例ベース推論を用いた合意形成の支援システムが開発されましたが、特定のドメインでの合意形成を支援するものでインターネット上で多人数を対象とした内容ではありません。
そこで、本研究では、インターネット上での群衆を対象とし、群衆の意見や好みに基づいて合意を形成するシステムを実現します。上の例で示した通り、例えば、旅行先を決めているときに、行きたい場所の候補のアイデアだけたくさんあげても、合意には到達しません。たくさんのアイデアを生成する他に、そのアイデアに対する好みや意見に基づいて、アイデアを合意案として行くことが必要です。そして、群衆の合意を形成するために、群衆の議論を大規模かつ高速に仲介し、より創造的な合意を導くファシリテータエージェントを新たに作成します。
ファシリテータエージェントは、ファシリテーション技法の一つであるIBISにヒントを得た問題解決の構造化手法を用いて、議論の中にある問題解決の構造を抽出しながら、ファシリテート、すなわち、大規模かつ高速に問題解決の構造を抽出することによって創造的合意を導きます(特願)。
議論の構造そのものを抽出する方法としてArgumentation Miningがありますが、その研究のほとんどが論理的な議論の構造を抽出するものであり、仮に抽出がうまくできたとしても、対立したものは対立しており、合意を得ることは難しいと考えらえます。合意を形成するためには、今ある議論の構造を抽出するだけでは不十分で、それと同時に問題解決の構造を抽出しながら創造的な合意案を群衆とインタラクションをしながら、形成していくことが重要だと考えられます。そこで本研究では、創造的なファシリテーションの代表的な方法論であるIBISの手法にヒント得た新しい合意構造表現手法に基づき、議論を仲介しながら問題解決の構造を抽出することによって創造的合意(構造)を導くファシリテータエージェントプログラムを開発します。
ファシリテータエージェントプログラムは、テキスト文書による議論の中から構造を把握するために、深層学習におけるBilateral RNNやCNNを高度に最適化した手法を用いて問題解決の構造の抽出します。抽出した構造は、課題、アイデア、長所、短所をノードとし、各ノードの関係を表現するリンクで結ぶグラフになります。このグラフを用いて、ファシリテーショングラフ探索アルゴリズムにより、合意を効率的かつ包括的に探索し形成します。合意を得るための効率性および合意の包括性の尺度は本研究プロジェクトで提案する新しい合意に対する評価尺度です。
本システムは、名古屋市や浜松での社会実験によりその効果を検証中です